解剖学者で、『バカの壁』の著者としても知られる養老孟司さんが、鎌倉の自宅で長年いっしょに暮らしていた猫のまる。
まるはスコティッシュフォールドの雄猫で、家族のように寄り添ってきた愛猫だったことから、まるが亡くなってからも、「(今でも)近くにいそうな感じがする」と養老さんは語っています。
また養老さんにとって猫は、自然を失ってしまった都会の生活のなかでも野生を失わずに生き、そこから生き方を学ぶ存在でもあったようです。
まるを見ながら養老さんが考えたことは、猫に関する名言と言ってもいい生きることの本質を物語っているように思います。
猫は、その瞬間瞬間を生きています。僕も真似して、日向ぼっこをしているまるの脇へ寝っ転がったことがあって。鳥やリスが鳴いている。時間とともに日差しが移ろい、何もないようで変化がある。いつも何をしているんだろうと思っていたけれど、まるはそれらを全身で味わって自足していたんです。
人は、ついつい頭のなかで色々と考え、未来や過去を行ったり来たりしてしまったり、頭でっかちになってしまうもの。
また、街一つとっても、誰かが頭で考えて設計された空間が広がり、身体も数値化ばかりが進み、あらゆる面で「意識」の占める割合が膨れ上がっていっていることに警鐘を鳴らし続けていた養老さん。
一方で猫は、何もしていないように見えながらも、日向ぼっこをしている。鳥やリスが鳴いている。その全てを受け取り、全身で味わっていた。
そんな猫の姿から、養老さんは、「生きている」とはどういうことか、ということを考えさせられたといいます。